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大阪城(徳川・豊臣)

2006・5・30 
活動二日目は朝から大阪城へいざ出陣です。
豊臣家と徳川家やその時代戦った軍の慰霊祭を行いにいきました。
この大阪城は豊臣家のものでしたが、破れ徳川家に渡りました。その際に豊臣家の色は黒を貴重とした建物ですが、徳川は白を貴重としています。上と下の建物は色が違うんですよ。凄く立派な城で敷地も広いです。目指す場所へはかなり歩かなくてはならず、ちょっと甘くみてました。天気もよくかなり暑かったです。

絵葉書のようなショットです。
入り口にあった号砲です。昔鐘の変わりに打っていたそうです。
極楽橋でも大勢亡くなっている方がいました。
豊臣秀頼と淀殿が自刃した場所に石碑がありました。
↓偶然みつけた戦没者の石碑や白龍神の石碑・・無縁仏もありました。この場所を見つけたとき、ただならぬ雰囲気で足が止まってしまい、鳥肌が立ちまくりでした。でも気を取り直しお参りしてきました。一周ぐるりと回って慰霊祭の場所はこの裏手にある所でさせてもらおうかと悩んでいたら、2匹のすずめが凄い音を出して飛び回っていました。そのすずめの姿を見たときに、すずめ=ススメとヒラメキがおこったので、この場所で慰霊祭を行いました。慰霊祭の最中に叔父さん2名が興味があったのかどうかわかりませんが、ずーとその場所にいて私達の行っている事をずっとみてました。
終わってからそれは何やの〜?と声をかけて来たので簡単に説明をしたら納得してました。気のいい叔父さんたちでした。
昔使っていた井戸だそうです。中を覗いても深すぎて見えません。
 
残念石・・・この後のミッションである「黒田長政」に関係ある石。
大阪城はエレベーターもあり、資料館があります。パノラマビジョンでみる「大阪夏の陣」は詳しく流してあったから真剣に見入っていました。歴代将軍様を紹介していたパネルです。
私は特に二代将軍秀忠様と縁が深いのです。以前ブログにも書いたと思うのですが、1週間ぐらい前に寝ていたら、深ぶかした黒塗りの立派な兜をかぶった人が挨拶にみえました。「大阪でお待ちしております」と。このお方はいったいどなたなのだろうか?と思っていたところ、大阪に行ったら黒田と名乗る武将が出てきました。
歴史のことはチンプンカンプンな私は黒田と言われても分かりませんでした。
この絵を見たとき、黒田様が出てきた時の兜にそっくりだったのでびっくりしました!
でも、もっとイケメンだった気がするけど・・ま、そこん所は我慢して・・・ははは
秀忠様の部下だったことで、秀忠様の命により、私達スピメンを誘導し、導いて下さったことが分かり、ますます秀忠様のご配慮には感謝するしかなかったです。
そして黒田様ありがとうございます。いつか九州行きますね!
さらなるミッションは黒田家に続く・・・
大阪城の一番上から撮影しました、しゃちほこが光っています。
私達スピメンは大阪城近くの「ホテルニューオータニ」に宿泊しました。
大阪にはいろいろなホテルがあるのに、どうしてもこのホテルの名前が頭から離れなくて迷っていましたが、これは何かあるかもしれないとこのホテルを予約しました。
実はこの大阪城からホテルの位置というのは戦の時に本陣として徳川家(特に秀忠軍)が構えていた場所だったということが判明しました。なるほど、やはり因縁の土地に行くことや、このように宿泊する場所でもなにかしら教えてもらえているということが分かりました。この辺りの企業はやはり徳川家と関係する企業が立ち並んでいました。
黄金のオブジェ?
 
遠くから撮影した大阪城です。
大阪城上空には大きな天使の羽が写りました!
 
 
     

 

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